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春の江戸絵画まつり~へそ曲がり日本美術 [★和の催し]

府中市美術館
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/

大國魂上達の次に行きました。はい、本当にこんなに展覧会で爆笑したのは初めてです。
GW中、こんな東京のちょっと外れの美術館でも、入場規制があったことに驚きを感じました。
15分程度の待機列ができていましたが、まあ、賞味二時間ほどで無事に回れました。

BSの「ぶらぶら美術館」でも紹介されていましたが、まあ本当にどうしてこんな風に書いちゃったのか、という将軍たちの個性が爆発していて、とっても人間味あふれていて愉快でした。

徳川幕府の政権を盤石にしたあの徳川家光と、彼が書いたゆるい顔をした兎(というかどうみても人面獣)がどうしても結びつかない。確かに描いた時期が断定されていないので、もしかしたら年端もいなかい時期に手習いとして描いたものかもしれないのだけど、わざわざ残されたことを考えるとやはり将軍となってからの画とも思えるし、その後上達した画が残されていないことを考えると画は生涯へたくそだったに違いない。


家綱の三白眼のような鶏たちが性格悪そうで気になります(笑)。
家光の威光の陰で目立たない自分を卑下しているような上目遣い(深読み)。


禅画では「すたすた坊主(※)」のモチーフが多いことや、福原五岳の壁の向こうから透けて見える想像に富んだ達磨の絵、布袋様が「豆蔵」という皿回し芸人を演じる絵、梟なのに人間にしか見えない仏画、小林一茶の「苦の娑婆や」というお題なのにシンプルの極みの画など、どこか世間を笑い飛ばすような飄々とした画が多い。
江戸時代、裸で縄の鉢巻きをし腰に注連縄を巻いて歌い踊った物乞い僧のこと)


個人的には遠藤曰人の「杉苗や」のまるでガードマンのような三羽の鶴冨田渓仙の「牡丹唐獅子図」人面犬のよう獅子が印象に残りました。


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府中市美術館は広大な公園の一画にあります。緑が気持ちいい

シマトネリコ
その前に、府中でとっても素敵なお店でランチしました。こじんまりとしたビジネスホテルのレストランですが、接客もお料理も素晴らしかったです。肉も魚の両方載った「スペシャルランチプレート」を頼みました。お肉のソースはパルサミコのような少し酸っぱみがありつつも、苦味とコクのあるソース。それと、バジルソースのかかったお魚がマッチ。
デザートのピスタチオのケーキが気に入りました。お豆の独特の香りと滑らかなクリームがマッチ。豆乳のようななめらかなチョコアイスも美味でした。
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大國魂神社~府中で新撰組ゆかりの場所 [◆日野・新撰組めぐり]

■大国魂神社
https://www.ookunitamajinja.or.jp/

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新撰組の近藤勇が試衛館を引き継いだときに襲名披露で演武大会を披露した神社です。
紅白に分かれてのけっこう大がかりな野試合を行ったと記述がありますが、随身門をくぐってからの拝殿では狭いと思いますので、現在の駐車場やふるさと歴史館がある場所で行ったのでしょうか。調べが足りません。
司馬遼太郎の『燃えよ剣』では、こちらの「くらやみ祭り」の際に暗闇に乗じて土方歳三が女性とまぐわった場所でもありますね。小説ではくらやみ祭りは外部から血を入れるための乱交を行う役割も持っていた祭りだ、という風に書かれていましたが、さてどうでしょう。
府中本町駅から行くと、参道を通らず本殿向かって左手の水神社の方面から脇から拝殿の敷地内に入ってしまうので、少し気持ちが削がれます。

燃えよ剣(上) (新潮文庫)

燃えよ剣(上) (新潮文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1972/06/01
  • メディア: 文庫
祭神は六ノ宮まであり、一ノ宮は「小野神社」で天ノ下春命(シタハルノミコト)というニギハヤノミコトが天孫降臨した際に従事していた神だそうです。
境内には有名な「形代流し」があり形代に息を吹きかけて、自分の厄を落としたい体の箇所を撫でて境内の小川に流します(形代は自然に帰る素材です)。面白いもので、人によって本当にちぎれる箇所が違っていて、顔をなでた私は首から上が、体をまんべんなく撫でまわした連れは五体がちぎれました。

●宝物館

宝物館では幕末好きにはたまらない、由緒正しき品々がありました。
一階には巨木の樹を切り抜いた大太鼓と神輿の数々。
大太鼓に「官幣社」と書いてありますが、これは明治政府が
廃仏毀釈の際に、神仏判然令(分離令)を発効し、それに伴い神格をあらためたときにできた社格だそうです。この官幣社はなかでも最高位の神社につけられた称号で、江戸(東京都)では山王日枝神社とこちらの二社しかなかったそうです。この社格は敗戦後GHQが廃止しましたが、名残としてこの社格を掲げたままにしている社もあるそうです。

大太鼓は祭りで実際に使用されており、皮にはバチで叩いた人の指の皮がめくれた後の血がついていました。
重量が何トンもあるので、天井に引き出すための専用の滑車がついています。
くらやみ祭りは7日間に及び行われ、4月30日の初日は【品川海上禊祓式(汐汲み・お浜降り)】といって、神職一行が品川沖で身を清め、汐水を神社に持ち帰るそう。その汐水は大祭期間中に潔斎として使用するそうです。江戸時代は徒歩で府中から品川まで行くわけですから、一日がかりでしょう。もしかしたら神職のみ神馬だったのかもしれませんね。
神輿は一ノ宮から順に引き出されます。房の色は特に格付けはされていないそうで、各町内で新調する際に好きな色を決めるそうです。


二階にはお宝がずらり。
関孝和の和讃額(小説・映画「天地明察」で登場の数学者)
比留間武治さん奉納の緋糸縅大鎧
伊勢神宮からの御神宝御旗
・1661
年奉納の太刀、家康家臣の高力高長から「烏丸」
運慶作伝の狛犬
徳川慶喜が揮毫した扁額
家康奉納の獅子頭
徳川将軍の石高、五百石の寄進状
ほかにも書ききれない程のお宝がありました。特に運慶作と伝わる狛犬は、どこか愛嬌のある表情をしていて、筋肉が丸く大きく、躍動感のあるさまが運慶らしいと感じました。


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東照宮です
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人形流しは自分でお祓いをしてから行います
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清流に流します
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見ごたえのある宝物館
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こちらの随身は、古い随身に忠実に再現させたものです
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